『タイトル未定』
第1話
「願えば叶う」
僕の師が僕に魔法を教える時によく使っていた言葉だ。
この世界は遠い昔、4人の精霊によって創られたといわれている。
火を司るフラム。
水を司るアクア。
風を司るアネモス。
土を司るソル。
僕たちがこの世に生を受ける時、その魂は4人の精霊のうち1人の祝福を受けて生まれてくる。そしてフラムの祝福を受けた者は火を、アクアの祝福を受けた者は水を、アネモスの祝福を受けた者は風を、ソルの祝福を受けた者は土を媒介にして様々な力を駆使できるようになる。
それを僕たちは魔法と呼んでいた。
生まれてきた子がどの精霊の祝福を受けているかは瞳の色を見ればすぐにわかる。フラムの場合は赤系、アクアの場合は青系、アネモスの場合は緑系、ソルの場合は茶系の色の瞳になるからだ。
そしてこの世界の住人は必ず、そのどれかの色の瞳を持って生まれて来るようになっている。
だから…黒い瞳を持って生まれた僕は幼い頃から迫害され続けていた。
「異端児」「悪魔の子」そう呼ばれて人々に疎まれ、両親さえも見捨てた僕を拾ってくれたのが今の師匠だった。
昔は帝国魔法師団の師団長を務める大魔導士だったみたいだが、あまりに強すぎる力を国が恐れてかその後は人里離れた山小屋を与えられそこ周辺の警護を任命されたのだという。
警護も何も師匠以外の人は全く住んでいないのだが…。
「何度も言ってるだろ!願えば叶うんだよ。」
その日も稽古をつけてもらっていた僕は、師匠の怒号を浴びていた。
願えば叶う。魔法とはそういうものらしい。
フラムの祝福を受けたものはフラムに願い火を呼び寄せる。といった具合に、それぞれ祝福を受けた精霊に願えばその属性の魔法を具現できる。
しかし、誰からも祝福を受けず、黒い瞳を持った僕は何に願えばいいのだろう。
「祝福を受けずにこの世界に生まれて来ることはできない。お前も必ず祝福を受けている。それが何の祝福なのかはまだわからねぇが、必ず俺が見つけてやる。」
師匠はいつも僕にそう言ってくれていた。そして実際に毎晩遅くまで書物を読み漁っていたので僕の祝福の謎について調べてくれているのだろう。
「だから願え。願えば叶う。」
そうは言われても、そもそも願う対象がわからない僕は何を願えばいいのか具体的にイメージすることができない。その日もいつものように魔法を使えるようにはならなかった。
今まで16年間ずっと魔法を使えずにいたんだ。いくら師匠に修行をつけてもらっているからといえ一朝一夕で使えるようになるということはないとは思っていたのだが、果たして僕に魔法を使うことなんでできるのだろうか…。
眠りにつく前、ベッドの中ではいつも不安でいっぱいになる。もしもこのまま魔法を使えるようにならなかったら、もしも師匠が僕の前からいなくなったら、もしも…もしも…闇のような感情が波のように打ち寄せる。
「願えば叶う。」
これまで僕の願いが叶ったことなんて無かった。それはやはり僕が何の祝福も受けていない証拠なのだろうか。師匠は祝福を受けずに生まれることはできないと言っていたけれど、だとしたら僕は何の祝福を受けているのだろうか。何に願えば僕の願いは叶うのだろうか。
そこまで考えたところで僕は意識を手放そうとした。これ以上考え込んでしまうと生きる気力すら無くなりそうだったからだ。まどろみの中で意識が完全に深く沈みこもうとしたその時
「おい、起きろ!」
師匠の声が部屋に響き渡った。深く沈みそうになっていた意識が急激に覚醒し、僕は上体を起こす。見ると師匠が顔色を変えて部屋へ入ってきていた。
「結界が破られた。俺の結界を破るってことは大隊長クラスが数十人はいる。恐らく狙いはお前だ。」
結界?数十の大隊が僕を狙ってきている?
いきなり理解の及ばないことを言われ僕はかなり混乱していた。
「いずれはお前にも話すつもりでいたが、まさかこんなに早くに帝国が嗅ぎつけて来るとは…。」
「師匠!何の話か僕にもわかるように…」
「とにかく今は時間が無い!裏口に脱出用の経路を作ってある、お前だけでもそこから逃げろ!」
そう言うと師匠は何やら慌ただしく小屋の外に出て行った。何が起こっているかわからない。
帝国が僕を狙って攻めて来た?魔法も使えない、何の取り得もない僕を?意味がわからない。
僕は急いで着替えると師匠の元へ向かう。師匠は普段滅多に着ない戦闘服に身を包みじっと小屋の前に広がる広大な野原を見つめていた。
「師匠!」
「まだ居たのか?すぐに逃げるんだ!」
「でも師匠は…」
「なに、心配するな。大隊長クラスが100人束になったところで俺は倒せんよ。」
「でも…」
何か胸騒ぎがする。ここで師匠を置いて逃げたら一生師匠に会えないような、そんな嫌な予感がしてならない。
「もう時間が無い!いいからすぐに逃げるんだ!」
するとそこで急に聞きなれない声が聞こえた。
「あら、もう逃げても無駄じゃないですか。」
声のした方向に目をやると僕と同い年くらいの少女が数人の護衛を連れてこちらに向かってきていた。
「探しましたよ、元師団長殿。さあ、それをこちらに引き渡しなさい。素直に引き渡せば命までは奪いません。」
そう言うと少女は僕を横目で睨みつける。その瞳は月光を浴びて淡く金色に光っていた。こんな状況なのに神々しく美しいと思ってしまうほどに。
「お前は、まさか勇者か?と、いうことは伝承は本当だったということか。」
師匠は驚愕の表情で少女と対峙している。ここまで動揺した師匠をいまだかつて見たことがない。
「あら、伝承のことまで嗅ぎつけていたんですか。それではやはり生かしてはおけませんね。それに…。」
そこまで言うと少女は背負っていた大剣を引き抜いた。
「私、勇者って呼ばれるの嫌いなの。」
刹那、少女がその場から消えたと思うと、師匠の目の前まで距離を詰めて大剣を振るう。師匠は寸でのところでそれを交わすが剣圧で飛ばされ小屋に叩きつけられた。それでもなお師匠は立ち上がろうとする。それを見た少女は
「我は願う、神よ、裁きを。」
と、唱えた。
するとさながら雷のように、上空から光の柱が現れ師匠を襲い、小屋もろとも吹き飛ばした。
「元師団長というから少しは期待しましたけど、この程度ですか。」
少女はそう言って、ボロボロになった師匠と横で震える僕を一瞥すると
「元師団長殿は虫の息、そっちの子はまだ覚醒していない。後はお前たちに任せました。」
護衛と思われる屈強な兵士にそう言うと自分は後ろに下がった。それと同時に兵士達が僕たち目がけて襲いかかった。
嫌だ、死にたくない…。
師匠ともっと一緒に居たかった。
”…ロセ…。”
魔法も使えるようになりたかった。
”…コロセ…。”
「え?何?」
確かに聞こえた。心の奥底から聞こえた幻聴のようでもあり、地の底から響いてきたような気もする不思議な声。
”…殺せ!!…”
今度は確かに、はっきりと聞こえた。こちらに向かってくる兵士の声ではない。僕の中から聞こえる声だ。
”…死にたくなければ殺せ…”
「死にたくない…。」
僕は願った。何の声かもわからない声の主に向けて。生きたいと。死にたくないと。
その瞬間こちらに向かってくる兵士達の頭上から何千本もの黒い矢がまるで雨のように降り注いだ。兵士達は血飛沫をあげることなくその場に横たわる。兵士に刺さった無数の矢がその血を吸い上げているかのようにも見えた。
「何!?」
それを見て少女はその金色の瞳を大きく見開いた。
兵士達を無残な姿へと変えた何千本もの矢は1つに集まり、巨大な鎌へとその姿を変え今度は少女目がけて一直線に飛び立つ。
「くっ。」
少女は間一髪、その鎌を避けるが、鎌は執拗に少女を追う。しかし、少女が何か詠唱したかと思うと、淡い光と共に鎌は消え去った。
「覚醒まで時間がありませんね。殺生は趣味ではありませんがこの手で葬るしかありません。」
そう言うと少女はまた何か詠唱を始める。大きな光の玉が少女の頭上へ具現した。
殺される。僕は直感でそう感じた。死にたくない、こんなところで絶対に死にたくない!
”よかろう。お前は生きる道を選んだ。共に行こう、世界が果てる道を…”
まただ、またあの声が聞こえた。しかし、僕は声の主を探す余裕も無く漆黒の闇に包まれ、次に気付いた時には森の奥深くで横たわっていた。すぐ隣には師匠も横たわっている。少女の気配は無さそうだ。
「師匠!師匠!!」
僕は必死で師匠を起こす。
「…すまない。まさか本当に勇者が…。」
師匠は声にならない声で僕に語りかける。
「勇者はこの世で唯一、神に祝福された人間。この世で唯一、光の魔法を駆使できる人間。」
さっきの少女のことだろうか。更に師匠は続ける。
「光あるところに闇ができるように、光が無ければ闇もできないように、表裏一体、勇者と対を成すものがいると言われている。」
「それが…僕なんですか?」
「わからねぇ。遠い昔の伝承だ。神話みたいなものだから信憑性はかなり薄い。だが、もしそうなのだとしたら…ぐっ。」
そこで師匠は血を吐き出す。呼吸も落ち着かなくなってきた。
「師匠待ってください!これ以上喋らないで!!」
「駄目だ、これはお前にとって…いや、世界にとって大事な話だ。よく聞け。」
師匠は尚も時折血を吐き出しながら続ける。
「お前が果たして何に祝福された、何者なのか。そこまでは俺でも解明できなかった。だが、もしあの少女が勇者なのだとしたら、お前が勇者と対を成す存在である可能性は高い。」
勇者と対を成す存在。幼い頃よくお伽噺で勇者の物語を見ることがあった。決まって勇者の宿敵として描かれていた存在がいる。
「魔王…ですか?」
「あくあまでも可能性の話だ。俺だってこんなお伽噺みたいな話信じているわけではない。でも実際にあの少女は見たこともない魔法を使っていた。それにお前だって…。」
僕は自分が放ったであろう黒い矢、そして鎌のことを思い出す。ここまで瞬間移動してきたこともそうだ。
「もし仮に、お前が魔王だとするならば…。力に飲まれるな。自分を強く持て。」
そこで師匠は一呼吸置く。
「願えば、叶うんだからな。願いを間違えるなよ。」
師匠はもう血を吐き出すこともなくなっていた。呼吸は今にも消え入りそうなくらいだ。
「俺はもう長くない。俺のことは捨て置け。この山を越えた隣国に俺の妹がいるはずだ。妹には手紙のやり取りでお前のことも伝えてある。俺にもしものことがあったら世話をするように頼んでもいる。まずはそこを目指せ。」
「嫌です、師匠を置いて行きたくはありません。」
親に見捨てられた僕を拾ってくれた師匠は、僕にとって親よりも大切な存在だった。そんな師匠を失うなんて僕には耐えられそうになかった。
「もうこれはお前だけの問題じゃないかもしれないんだ。この世界の命運がかかった問題なんだぞ。それに言っただろう、自分を強く持て。」
師匠が僕に手を伸ばす。
「俺だって、我が子同然にお前を育ててきたんだ。こんなところでお前を残して行くのは無念だよ。でも、俺の修行に長年耐えてきただろ。大丈夫だ、お前ならできる。信じているし、信じさせてくれ。」
「卑怯です、師匠…。そんなこと言われたら僕…僕…。」
自然と涙が頬を伝う。師匠は僕の手を力強く握ると
「お前なら大丈夫だ。世界を…頼んだぞ…。」
そう言うと目を閉じ、僕を握っていた手も力なくだらんと垂れ下がった。
「師匠…師匠ーー!!」
師匠は静かに息を引き取った。捨て置けと言われたけどもそんなことできるわけはがない。僕は簡易的ではあるが師匠を埋葬した後、師匠に言われたように山の向こうの隣国へと歩き始めた。