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『タイトル未定』

第7話

帝国領内の小さな町の酒場。

「お見事です。あなた方にお願いして本当に良かった」

『仕事』を終えた師弟と、対面してテーブルに座る男。年の頃は30代前半といったところか。黒目の赤ん坊を、硝子細工でも扱うかのように抱きかかえている。

「仕方ないさ、金の為だ。昔のトラウマを掘り起こされるとは思わなかったが」

妙齢の女が漏らす。斜め後方に立つ弟子(どちらかと言えば彼の方が年配だが)も相当の手練であろうことは、佇まいから見て取れる。
女は続けた。

「アンタ、魔族だったんだね。大陸南部の住人。生きてる間に出会えるとは思わなかったよ」

「ええ、確かに私は北部で『魔族』と言われる存在です」

魔族...大陸を横断する大山脈より南の地域に住む人類。その中でもとりわけ、魔王信仰の篤い地の住人を魔族と呼ぶ。いかなる体質があるのか定かではないが、精霊に祝福を受けて生まれる点は同様で、姿形も人間と大きく変わりない。眼前の男は、やや顔色が悪いくらいか。外見的に魔族と断定出来る要素など皆無だった。大山脈は並の人間で越える事など不可能に近く、魔族の存在を知るのは、過去実際に魔王を討伐した勇者と一部の強者...それを差し向けた権力者のみと言ったところだった。

「この赤ん坊が魔王であることは間違いないとしてもだ、助けたその場で私達がこいつを殺すとは考えなかったのかい?」

「思いませんよ、あなた達はこの50年間、あの時の事を悔いて生きていた。なぜなら帝国によって、自分達の住む国も含め、北部のあらゆる国が蹂躙されていったから」

女が苦笑する。

「そうさ、あの時の私達は自分達の保身から魔王を殺した。けれどその結果帝国の台頭を許した。結果、実の兄も、街の仲間も、大きな屋敷も、安心して暮らせる祖国も失った」

帝国の圧政をかいくぐり続けるにも路銀に困り、挙句の果てが赤ん坊の救出。元より対象が魔王といえど、もはや選択出来る余地など無かったのだ。女がラム酒を口に含むと同時、弟子がその思考を遮る。

「我らの事を恨んではいないのですか?」

「そもそも50年前に我らの主が転生していたこと、つい最近まで知る由もありませんでした。転生を察知できたのもたまたま...。依頼する条件も同様です。我らとて、北部での伝手は少ない。帝国軍に属さず、帝国軍の一個大隊を相手取れる少数精鋭など限られていましたから」

女がグラスに傾けていた顔をすっと上げる。

「50年前にも生きていたような口ぶりだ。アンタ、一体幾つなんだ?」

「300年程生きています。貴女と同じ方法ですよ」

魔族の男が見開いた両目は、青く澄んでいた。

「水の精霊の力か...」

地水火風、精霊の祝福を受け、魔法を行使する。大半の人間は、そのまま火を放ち、水を操っているが、あくまで媒介に過ぎない。自分と眼前の魔族は、水の精霊の力で体温を下げ、代謝を極限まで抑え、その若さを保っていた。女が自嘲する。

「おかげで年中冷え性だがね」

「後ろのお弟子さんはオッドアイの様だが、同じ手段は使えないのですか?」

「そこまで器用ではありませんよ」

弟子が謙遜するや、女が制した。

「それもあるが、弟子の長所は魔法の出力にあった。攻撃範囲と言うのかね...二種の精霊の祝福を受け、それを火のまま、水のまま、大出力で行使する。帝国軍の大隊を単独で殲滅できるほどのね」

魔法とは『願いが形を成したもの』である。願いというものが十人十色である以上、無限の可能性が存在する。個々の特性もあるだろう。女も長年生きてきたが、火の精霊一つとったところで、炎を武器の形に具現するものもいれば、体内の熱により筋力を活性化させて戦う者もいたらしい。

「見つけたぞ!」

酒場の戸を打ち破り、鎧の兵士達が無数になだれ込んでくる。どうやら帝国軍に見つかってしまったらしい。

「ごきげんよう。魔王を奪還せしめた逆賊諸君」

帝国兵達をかき分け、一人の男が現れた。ボサボサの頭に丸眼鏡、白衣という、『不衛生な医者』とでも呼びたくなるような佇まい。丸眼鏡の奥には、濁ったような茶色の瞳がのぞく。女が身構える。

「アンタは?」

「皇帝陛下の親衛隊。と同時に、現勇者の剣でもあり、盾でもある」

含みある発言をする白衣の男を睨みつけ、魔族の男も腰の剣を抜こうとしていた。その眼光は、並の剣士の比ではない。

「邪魔立てするようならば、ただではおかんぞ」

「これはこれは。音に聞く魔族の『剣帝』。君が今回の首謀者だったんだね」

「だとすればどうする!」

叫ぶが早いか、魔族の男が抜いた剣は、酒場に居た全ての帝国兵を横薙ぎに両断した。剣は柄のみ。その先に長大な水の刃が煌めいていた。

「伸縮自在の刃か。さすがは魔王代々の側近。面白い技を使う」

頭上を見上げると、白衣の男が宙に浮いていた。魔族の抜刀をかわし、余裕のある瞳で見下ろす。

「面白いものを見せてもらった。今度は僕の番だね」

そう言うとかざした掌を、すっと振り下ろす。同時に凄まじい重量が、師弟と魔族、そして赤ん坊の4人に襲いかかった。

「重力操作!?」

女が叫ぶと、白衣の男が得意げに返す。

「地の精霊の力を使って、僕なりに『願って』得た力だよ。大地のエネルギーの深く深くを操る...岩石を操るだけでは能がない。帝国軍の魔法の技術も日進月歩さ」

弟子が遮る。

「さっき『勇者の剣であり盾』と言ったな!お前達は勇者とどういった関係だ!」

「そのままの意味だよ。勇者...50年前に魔王を取り逃がした小娘は早々に隠居したが、最近誕生した彼女の孫娘に金色の目が現れた。我々親衛隊は、彼女の子守さ。数十人いる大隊長の中でも、優れた者達が拝命されるんだ。『勇者の仲間』とね」

魔族の男が目を血走らせながらも叫んだ。

「そこまで聞ければ十分!いつまでも貴様ら帝国の思い通りになると思うな!」

言うが早いか、赤ん坊を中心に黒い力場が現れる。女は思い出す。『先代魔王』が兄と共に逃げおおせた力、それがあふれ出す。



普段見てきた夜の森...それより一際暗い森の中で4人は目覚めた。弟子がうめく。

「ここは...?」

「この黒い葉の樹木...どうやら無事逃げおおせたようですね。ここは大陸南部の大森林です」

「とんでもない所に来ちまったね。出張代も報酬に含まれるんだろうね」

「そうですね。敵は予想以上に強大だ。目的も不明瞭。貴方達の力をしばらく借りることとなりそうです」

魔族の男が続ける。

「大山脈がある。奴らも次の勇者は生まれたばかり。数年は猶予がありそうです。我らが居城に向かいましょう。対策を練らねば」

赤ん坊を抱き、歩き出す。

「そんなに都合よく大陸南部へ移動できるものなのかね...」

師弟も互いの顔を一瞥すると、半ば諦めたように歩き出した。

 




担当:ミッキー



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