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『タイトル未定』

第17話

「三点、お前に質問がある」

オセの前に立ちシトリーが言い放つ。
豹頭の男はしばし間を取ると、言ってみろと言わんばかりに小さく頷いた。

「まず、お前がこの勢力に属する理由は何だ?」

「自身の技への飽くなき研鑽。魔力をほぼ持たぬ私がどこまでこの世界に通用するのか」

シトリーは納得も否定の様子も見せず、次の質問を投げかける。

「うちの弟子はどうだった?」

「弱い、そして歳を取り過ぎです。彼の技術はこの辺りが限界でしょう」

シトリーの先程見せた冷たい殺気が再び場を包む。

「...ですが」

オセはそれに一切怯むことなく続けた。

「詠唱を見たのは一瞬ですが、私も無事では済まない程の魔力が込められていました。先程の貴女の水砲にすら匹敵する程の。要は使いようです。彼はこのような場で活きる術者では無いでしょう」

「...最後だ。その腰にぶら下げてるもんを弟子に使わなかった理由は?」

オセは腰の剣をシトリーに掲げ、今までに無く即答した。

「先程の回答の通りです。彼にもまだ可能性があると感じた」

シトリーは一瞬だけ微笑み、次の瞬間には喜怒哀楽のどれにも形容出来ない真顔をオセに向けた。

「...よく分かった。どの道ここでお前の研鑽とやらは終わるがな」

言い放つと同時、オセの足元から水の柱が突き出る。
躱したそばから次々と水の柱が突き上がる。
突き出た水の柱が、闘場の砂地に次々と染み込んでいき、また自身の真下から噴き上がる。

紙一重で躱し切り、最後の水柱が眼前から消えた瞬間...眼前には既に大質量の水砲が迫っていた。
直後、闘技場の壁を一部消し飛ばし、水の奔流が炸裂する。
飛び散る水飛沫が引いた後、豹頭の男は既にその場に居なかった。

シトリーがそれを認識すると同時に左手に鋭い痛みが走る。
深い刀傷...そして遥か後方に走り抜け納刀するオセの姿、ダメージは受けている様だが、まるでスピードに衰えが無い。
...を視認したと同時、瞬く間に豹頭が眼前一杯に迫る。

「この距離までようやく近づけた。もう逃がしません」

オセの抜刀を躱し...たつもりが、左脇腹から右肩に向かって斜めに斬り上げられる。
切先に触れただけだが、決して浅くない切り傷がシトリーの前身に刻まれる。
更に返す刀を袈裟に振り下ろそうとしたところで、オセの動きが止まる。
オセが少し振り向くと、その背中には地面から突き出た氷の刃が突き刺さり、鮮血を噴き出していた。

「カッ!ハァ...どうしたオセ。そんな小細工で動きを止めるなんざ、脳までケダモノなのか」

言い放つと同時、呼吸も絶え絶えの様子ながらシトリーが後ろに跳び、オセと距離を置く。
オセはその言葉を聞き、激昂した様子で刀を振りかぶる。此度初めて見せた必殺の構えと言っていい。
が、最早その刀身が振り下ろされる事はない。

「剣が...振り下ろせない!足も...」

そう言いながらもカクカクと歩みを進めるオセの足元、シトリーは決死の形相で魔力を込め続ける。

四精霊の魔法を極めると、それぞれ恐ろしく単純な魔法に行き着くと言われる。
火の『物質崩壊』、土の『重力操作』、風の『空間跳躍』。
史上この高みに立った人間など、何人も居ない。魔王はこれらの力を自在に行使すると言われているが。
そして水...『運動停止』。どんなものでも凍らせてしまえばそこまで。
シトリー程の術者ですら、魔力を振り絞ってようやくその片鱗を見せられる程度。
水を氷に変えるだけで、凄まじいエネルギーを費やしていた。

「な...るほ...ど...これ...は...参り...ま.........」

そのままオセは動かなくなった。
豹頭の彫像など、帝国なら高く売れるかもしれない。
...が、数秒もしないうちにオセは氷を破り、自ら動き出した。
シトリーはその場で両膝をつき、肩で息をしていた。もはや彼の動きを止める術などない。

カンナがオセに問う。

「オセ卿、とどめを刺せますわよ」

「いや、10秒も動きを止められた。普通の戦場ならとっくに殺されてたぜ」

(...ん?)

何かの違和感を感じ、疲れも忘れてシトリーが顔を上げる。
フォルネウスが溜息をついた。

「しばらく見ないうちにどうしたのかと思いましたよ」

先程まで知的な受け応えをしていたオセだが、顔の険が取れ、どことなく軽薄な表情をしていた。

「あー、フォルネウス。男ってなぁ、キャラ作りから全て決まるもんだと言っていい。そこの姉ちゃんみたいなのが相手だと、ちょっとインテリぶった方がいいと思ったんだがな...違ったかい?」

呼吸は未だ乱れながらも、シトリーがオセをキッと睨みつける。

「てめえみたいなやつ、天地がひっくり返っても惚れるかよ...殺意すら芽生えたわ。じゃあアタシの質問も嘘か」

「いや、最初の質問以外は本当だぜ。おたくの弟子への評価は変わりやしねえ。地下に潜った本当の理由は...カンナだな。あんな美人で危ねえ女、この国にもそう居ないもんでな」

ダンタリオンが腕を組み、納得した表情で呟いた。

「なるほど、シトリーの殺気の意味が分かった」

「意味なんてあるんですか?」

とフォルネウス。
ダンタリオンがそれに答える。

「先程フルカスと戦った時もそうだが、オセにはそもそもこちらを殺す気など無かった。恐らくあそこの獅子頭もそうだろう。考えてみれば当然、そもそもカンナ嬢はどの道『付き従う』事をルールに提示していた。我々を戦力に加えてしまおうという考えだ。それなりに評価してもらっているという事だな」

更に続ける。

「とはいえ、彼我の戦力差は歴然。あちらは殺す気が無し、こちらは殺す気満々。これでようやく五分というわけだ。さて、ここからがカンナ嬢の性格の悪いところだが」

サブナックが闘場に舞い降り少しづつ歩を進めてくる。
オセがシトリーに告げる。

「さて、ここからが問題だ。勝ち抜き戦だからな。サブナックの旦那は俺と違って全く冗談が通じねえぞ」

オセがカンナの脇に戻ると、息も絶え絶えのシトリーを見下ろしながら獅子頭が言い放つ。

「さて、言いたいことはあるか」

「...あんたにも質問だ。この勢力に属する理由は?」

「金だ」

その誇り高き風貌からは想像もつかないような回答に、シトリーは苦笑した。

「なんだ、アタシと同じか。案外俗っぽい、汚い人間なんだな」

サブナックの顔に、明らかに不快感が表れた。

「金とは我々人間の用いる最も古い約束事の一つであろうが!この地下に生きる民は、北部の者達にもこの国の上層部にすら迫害され、貧しい。金を血とし、王たる者や長たる我々を臓器とするならば、民は手足だ!適切な位置に血を流すからこそ、国という身体は機能する。臓器に血を留め続ければ、その国は手足から腐っていくぞ。故に、然るべき場より金を『必要なだけ』奪い、循環させる。北部の民から多くを奪うつもりは無い。彼の国が飢えることなく、この国の民も皆活力を持ち生きていく為の適正な量だけ奪い取る」

長々と口上を聞いた後、シトリーは目を丸くし、そしてすぐに膝を落とした。

「なんだよ...あんたが一番魔王らしいわ。力も、考え方も、今のあんたに勝てる気がしねえ」

言うと同時、サブナックのタキシードが弾け飛び、剥き出しとなった肉体...豪腕がシトリーの身体を吹き飛ばした。
パワーもさながら、攻撃のスピードすら、オセを凌駕する程。
観客席の方まで吹き飛ばされたシトリーは、かろうじて意識を保っていたが、もはや動けるような状態では無い。

「勝ち抜き戦ゆえ、とりあえず一撃は加えた。カンナ殿、俺の勝ちで良いだろう。先々代魔王の力を継ぎし勇者よ...来い。貴様を屈服させてこそ我らの大願は口火を切るのだ」

ダンタリオンはそのボサボサの頭をかきながらうめいた。

「うーん...どう考えても君の方が強いんだがなあ...どうしたものかな」







担当:ミッキー



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