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『タイトル未定』

第1話
 

「お…お呼びでしょうか、忠海先生。」


高級料亭のとある個室に呼び出された桜馬場は、まるで職員室に呼び出しをされた生徒の如く挙動で、その如何にも高級感の漂う格子を開く。


「まあ座りたまえ…総理。」


忠海は入口から奥側の席にこちらを向くようにして座っており桜馬場に自分の正面に座るよう促した。一国の総理大臣を相手に堂々と上座に座ることのできる人間など恐らく忠海ぐらいのものだろう。


「し…失礼します。」


一方、第百五十一代内閣総理大臣である桜馬場はその声を震わせ、一挙手一投足に不審な挙動を絡ませながらぎこちなく指定された場所に正座をした。

この一場面だけを見ただけで誰しもが推測し得るだろうが、忠海の立場は明らかに一国の総理よりも遥かに上だ。事実この桜馬場という男、忠海の手によって総理大臣にならされたに過ぎず、その実は忠海の犬。もしくは従順な奴隷といってもいいくらいの男だ。


「それで…何の御用でしょうか?」


桜馬場は恐る恐る忠海の顔色を伺いながら訪ねる。忠海の背後には大きな窓があり、そこから美しい和風の庭園が一望できるようになっている。時折聞こえる獅子脅しの音や水の流れる静かな音が耳に心地よい。

だが、今の桜馬場に庭園を見て目の保養をしたり、静かな心地の良い音に耳を澄ませる余裕などあるはずもなく、その目や耳は忠海の顔色や声色の変化を察知するためだけに、機能の全てを費やすばかりだった。


ここで忠海は箸を静かに箸置きに置き、その重い口を開いた。


「近年の我が国における所謂ニートと呼ばれる若者の異常なまでの急増を君はどう考えるかね?」


説教なら黙って聞いているだけでよかったのだが、よりにもよって質問とは…。桜馬場は頭をフル回転させる。


「私は深刻な問題だと考えております。」


 忠海は大きく一つ頷く。どうやら正解だったようだ。桜馬場はほっと胸を撫で下ろす。しかし、安心するのはまだ早かったようだ。


「それは何故だね?」


忠海は更に深く追求してきた。元よりそれほど頭の良くない桜馬場は必死になって正答を絞り出そうと頭を捻る。


「若者が何もしないなど道理に反するからです。」


それを聞いた忠海が首を僅かに傾け、ほんの僅か右眉が上がったのを桜馬場は見逃さなかった。これは忠海の機嫌が悪くなるサイン。どうやら今の回答は誤答だったようだ。桜馬場は慌てて弁解を始める。


「勤労は国民の三大義務の一つでもあります。それを放棄するなど日本国民の風上にも…」


「黙れ。」


弁解は忠海の一喝によって中断させられる。桜馬場は一瞬ビクッと肩を震わせ


「すいません…。」


と言うとその肩を落とした。忠海はその様子を見て満足そうに口を開く。


「国民の三大義務『勤労・教育・納税』のうち我々が最も重視すべきは納税だ。それ以外はより効率良く納税させるためのプロセスと言っても過言ではない。だが今の社会はどうだ?ニートの増殖による勤労者の減少に伴い税収は右肩下がりだ。それだけではない、日本経済は衰退の一途を辿ってしまっている。当然経済が潤わない以上、国力は目に見えて減退している。最早今の日本は過去の栄光の幻に縋りついているだけに過ぎない。」


そこで忠海は脇に置いてあったグラスの中身を一気に飲み干す。


「お前はジリ貧という言葉を知っているかね?」


いくら頭が悪いと言えども桜馬場も一国の総理だ。その単語くらいは知っている。桜馬場はここが名誉挽回のチャンスと言わんばかりに身を乗り出してその質問に答える。


「次第に状況が悪くなっていく様ですよね?つまり、今の状態を続けていても状況が悪くなるのはわかっている。ただ決定的な解決策が見つからないと、そういうことでございます。」


桜馬場は誇らしげに、まるで芸をやり終えた犬が飼い主を見るような目で忠海を見る。しかし桜馬場の目に入ったのは、右の眉を誰が見てもわかるほどに吊り上げた忠海の表情だった。


「誰が皆まで言えと言った。儂は知っているのか如何かと尋ねたのだ。『はい』か『いいえ』で答えればいいんだ。」


「申し訳ありません…。」


自信満々に答えた桜馬場はみるみる小さくなっていった。


「まあ良い。今日はお前を説教しに来たわけではない。一つ、提案があってな。」


「と、申しますと。」


「先ほども言ったが、我が国の状況はジリ貧だ。このまま何もしなければ我が国の経済は破綻してしまう。」


「仰る通りでございます。」


桜馬場は絶妙なタイミングで合いの手を入れる。元より機嫌取りだけで総理になったような男だ。


「ここら辺でこの状況を打破する一手を講じたい。だがその一手を何処へ向けるべきか…。ここまで話せば、わかるな?」


忠海は桜馬場を獲物を見つけた蛇よろしく睨みつける。桜馬場は一瞬硬直してしまったものの、何か言わなければと思い慌てて口を開く。


「ニ、ニートに対して何らかの対策を講じる…ですか?」


「ほう、お前にしては中々頭の回転が速いじゃないか。」


忠海は左の口角だけ吊り上げて不気味にニヤリと笑う。これは忠海が上機嫌の時のサイン。


「儂も兼ねてよりニートの問題はどうにかしないとならんと思っておってな。色々と調査をしておった。すると一つの不思議な法則が見えてきてな。」


「法則…ですか?」


「ああ。ニートと呼ばれる者の大半はアニメやゲーム等の非現実世界を好んでいるようだ。」


そこまで聞いて桜馬場はあることを閃く。


「では、その手の商品に税をかければ万事解決ということですね?」


「バカか、お前は。昨年ニートの親に税金をかけたのを忘れたのか?それでどうなった?事は解決したか?」


「いえ、結局各地で反対デモが頻発したばかりか、親が僅かばかりの税金を払いさえすれば子は働かなくても良いという考えが国民に蔓延してしまい、更にニートは急増。結果税収は大幅に減りました。」


「だろう?だから儂はその政策には異議を唱えておったというのに…。しかし終わったことを悔いても仕方がない。悔いる時間すら勿体ない。今この瞬間も刻一刻と日本という国は衰退していっているのだ。」


そこで忠海は軽く姿勢を正す。


「桜馬場、お前は何故、この国において覚せい剤が禁止されていると思う?」


突如質問を向けられた桜馬場の目が泳ぐ。忠海がどんな答えを求めているのか皆目検討もつかない。


「あの、その…。覚せい剤は使用者の身を滅ぼしかねない危険なものだからです。」


桜馬場が答えると忠海の大きなため息がその場に響き渡った。どうやら今回も正解を引き当てることはできなかったらしい。


「身を滅ぼすのは自分の勝手だ。誰かに勧めでもしない限り、単純に使用しただけでは誰にも迷惑をかけることはない。では何故、覚せい剤は禁止されているのか。答えは簡単じゃないか、覚せい剤が蔓延することが我が国にとってマイナスになるからに他ならない。」


桜馬場はそこまで聞いてもまだ理解に及ばなかったようで、呆けた顔で忠海を見ていた。それを見て忠海はより大きなため息をつく。


「覚せい剤を禁止しなければ、馬鹿な国民の一部はこぞって覚せい剤の使用を始めるだろう。お前も言った通り覚せい剤は身を滅ぼす。結果そいつらはまともに働けなくなってしまうだろう。そういった一部の無能な国民を管理、抑制ししっかりと労働、納税させるために覚せい剤などは禁止されていると考えても良い。間違ってもモラルのためなど思うな、それは身を滅ぼす考えだ。」


「申し訳ございませんでした。」


桜馬場は深々とその頭を下げた。それに満足したように忠海は大きく1つ頷くと言葉を続ける。


「では、ニートの多くをニートたらしめているアニメやゲーム、それに準ずる文化などと覚せい剤は何が違う?どちらも無能な国民から労働、納税の意欲を奪っているという点において違いはないのではないか。お前はどう思う?」


「忠海先生の仰る通りでございます。」


「では、どう動けばいいかはもうわかるだろう。さあ時間が勿体ない。すぐに行け。」


「承知致しました。」


後日、国会に「アニメ・ゲームそれに準ずる文化等禁止法案」通称「二次元禁止法案」が国会に提出され、野党や多くの国民の反対を押し切る形で可決される運びとなった。






担当:会長


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